江藤 賢一郎のブログ

日々の生活で思ったことなど

今年の短答式試験解いてみた

ひょんなことから、今年の司法試験の短答式試験を解くことになった
1年以上短答の勉強から離れていた修習生の実力やいかに…

憲法

▽得点…48点
▽解答時間…39分50秒(含 マーク時間)
▽主観的難易度…★★★(5段階評価)
▽感想…憲法は得意だったが、問題を解き終わった時点では40点も厳しいという感覚だった。知識として知らない問題がバンバン出たのは焦った。出題者側としては、既存の基本的な知識・理解をもとに、いかに合理的に推論・演繹して結論を導くか、という点を試したかったのではないか。結果的に点数は良かったが、正直な話、運が良かった(こんなところで使わなくても良かったのに!)。

民法

▽得点…54点
▽解答時間…75分(タイムオーバー)
▽主観的難易度…★★★~★★★★
▽感想…時間足りない、問題難しい、知識は抜けてる、ケアレスミスする、ということでこの結果となった。出題が広範囲に及ぶ以上、不断の努力が結果に結び付くということか。今年の民法を60点以上取れた人は素直にスゴいと思う。

【刑法】

▽得点…42点
▽解答時間…45分
▽主観的難易度…★★
▽感想…内容はオーソドックスだったが、部分点の扱いが厳しい。これで予想以上に点が伸びなかった人も多かったのではないか。

以上のような結果となったが、極度のプレッシャーがかかる受験生と同じシチュエーションだったら、更に点数は下がったと思う。

最後になりましたが、受験生のみなさん、本当にお疲れ様でした。

プロとコントラ

今後の糧にするため、自分の短所を書き出してみる。

★Myブラックリスト

■ 遅刻する
 ‥‥幼少の頃からの悪癖。自分も相手もアンハッピー。ギリギリであればオッケーと思ってる節もあるが実はこれもNG。株価ガタ落ち。詳細は先述(ダブルSの説教)。

■ 忘れ物する
 ‥‥これも幼少時からの悪癖。基本的に同上。事前に要確認、リスト化すると良い。忘れ物したら原因究明とその克服に当たるべし。

■ 感受性が豊か過ぎる
 ‥‥これも生来の悪癖。ヤバくなったら一端距離を置くこと(某高裁判事自伝の技。消費MPゼロ)。

■ 過去を思い出して恥ずかしくなる
 ‥‥これも小さい頃からの悪癖。思い出しても良いことない。不毛、無益。むしろ勝手に思い出して恥ずかしくなっている様が恥ずかしい。

■ 安請け合いする(断れない)
 ‥‥小学校以来の悪癖。つい先日もしてしまった。こいつのせいでどれだけ損をしてきたことか。お前はそんなに「いい人」では無い筈だ。守れない約束はもとより、守りたくない約束もしてはならない。

■ 髪の毛いじくる
 ‥‥これは後天的な悪癖。カッコ悪い。禿げる。ストレス感じたら現実逃避しよう。逃げるは恥だか~(見たことないケド)。

■ 過剰な発言
 ‥‥おそらくこれも後天的な悪癖。揚げ足とられるし、敵を生む。本当のことが正しいとは限らない。

■ 見栄っ張り
 ‥‥近時、この特性は母親からの遺伝であることが判明した。見栄を張って過去に1つでも良いことがあったか?と自分に問い掛けたい。もっとも、近時この特性は失われつつある(自分へのこだわりを無くしたということか。嬉しいような悲しいような…)。


…と、ここまで自分に対して否定的なことばかり書いてきたが、それだと自己嫌悪に陥るおそれもある。そこで急きょ、自分の長所も書き出してみることにした。


☆Myホワイトリスト

□ 向上心、短所克服へ向けた努力
 ‥‥昔と比較して遅刻は減少、忘れ物、感情を表に出すこと、見栄を張ることは激減。短所を克服しようとする心意気はグッド。

□ 逆境に負けない、自暴自棄にならない
 ‥‥こんなアホみたいな環境で今までよく頑張ってきたし、今も頑張っている。環境にへこたれない姿勢はナイス。

□ 割と合理的な思考
 ‥‥この特性は高校2年頃に判明した。もう少し早く気付いていれば、また違った人生を歩んでいたかもしれない。


…とりあえずこんなかんじか。今後も適宜、加筆・修正していきたいと思う。

ダブルSの説教

「時間厳守はまた、人間の良心の問題でもある。約束というのは、それがはっきり決めたものであれ暗黙の了解であれ、一つの契約に他ならない。約束を守れない人間は、相手の時間を不当に浪費するばかりでなく、誠意にそむく背信行為を犯しているに等しい。そんな人間は必ずや世間の評判を落とすだろう。
 こう考えてくると、当然のごとく一つの結論に達する。つまり、時間に無頓着な人間はビジネスにも無頓着であり、そんな人間に重要問題の処理を信用してまかせることはできないのである。」
サミュエル・スマイルズ竹内均訳「自助論」〔三笠書房 2002年〕149頁・150頁)

…正論過ぎて何も言えねぇ

何故こんな文章を取ってきたか?
それは俺が今週2度も遅刻をしたからに他ならない。

原因は2度とも交通機関の乱れだったのだか(埼京線マジで恨むわ。逆恨みだけど…)、立場上もはや言い訳できないし、言い訳なんて誰も聞いてくれない。電車遅延の抗弁は主張自体失当である。
それに実際、俺があと2、3本早い電車に乗っていれば遅刻は回避できたから、不可抗力って訳でもない。

あー、それにしても自分が嫌になる。
学校では遅刻常習犯(チョモ先生にもよく怒られた)、バイトや修習では殆ど遅刻はなかったけど、たいてい時間ギリギリだった。
これで絶対人生損してる気がする。

そもそも俺は、何故こんなに時間にルーズなんだろうか?
もしかして、俺は人間としての良心が足りないんじゃなかろうか?
カントよろしく、『時間厳守=義務』みたいな意識が必要ではないだろうか?

とりあえず明日から、1本早い電車に乗ることから始めよう。

反省おわり

チョモ先生

俺の高校時代の恩師のあだ名である。

チョモ先生(以下「先生」)は、俺が高校1年の頃にクラス担任だった。
「どーせ頑張るなら1番高い所を目指せ」
「山に登るなら、富士山ではなくエベレストを目指せ」
が口癖だった。
そこから、エベレスト=チョモランマ、でもチョモランマというのはちょっと長いぞ、ということになり「チョモ」と呼ばれるようになった。
さすがに先生本人に向かって呼ぶことはなかったが、先生も満更でない様子だった。

ちなみに、俺の高校は私立校で、生徒数も多かった。
そんな中でも、俺のクラスは学力的に最下辺で(偏差値40程度)、周りはスポーツ推薦やら単願やらで何とか入ったという人が多かった。
生徒や教諭の中には、あからさまにヒエラルキーが下であるようなことを言う者もいた。
そんなクラスではあったが、先生は
「部活も勉強も他のクラスのやつらに負けるな!」
「身体も学力も磨けば磨くほど伸びる!」
といったことを絶えず話していた。

先生は小言が多かったが、生徒に何か良いところがあれば積極的に褒め称えることも多かった。
また、自分のクラスの生徒がタバコを吸って退学させられそうになったときは必死にかばったり、理不尽・不合理なことがあれば他の先生にくってかかっていくこともあった。
当然、そんな先生はクラスの皆から好かれていた。

ところで、先生は俺にも目を掛けてくれた。
「お前に、もしやる気があるのなら、上のクラスに入れてやるぞ」
高校1年の冬休みの面談の際にそう言われた。
今まで、部活でも勉強でも、両親を含め他人から目を掛けられたことは全く無かったので、驚いた。
先生は、そのまま最下辺のクラスを担当するため、クラスを上がるとなれば俺は先生の下を離れることになる。
そのことは残念ではあったが、先生の期待に応えたいという思いと、「いっちょ俺も山登ってみるか!」という謎の冒険心から、上のクラスに入れてもらうことにした。

今思えば、あそこが俺の人生の転機だったのかもしれない。

先生は日本史担当で、俺は世界史選択だったので、先生から直接指導を受ける機会は殆どなかった。
それでも、先生から影響を受けたことは多かった。
クラスが変わってからも、先生は俺のことを気に掛けてくれた。

高校卒業後も年に1度くらいは連絡を入れていた。
さすがに大学院に入った後はなかなか連絡が取れなかったが、俺が法律の勉強をしていたことは知っていたようだ。
昨年の9月、試験合格の報告も兼ねて3年ぶり位に先生に連絡をしたときは、もの凄く喜んでくれた。
「天下の司法試験に受かったか!」
とか言っていた(なんだか話してるこっちが恥ずかしかった)。
念のため、うちの高校に法曹会があるか聞いてみた(高校によってはあるらしく、就職とかサポートしてくれるらしい)が、残念ながら合格者は過去に1人か2人しかいないとのことだった。
その後、先生にお酒をご馳走になった。

山登りは大変だが、そのなかで学ぶことは多いし、ときに楽しくもある。
そんな山登りのきっかけを与えてくれた先生には、今でも本当に感謝している。

お前は何者だ

「それはそうと、まっとうな人間が、心から楽しみながら話すことのできる話題とは何か?
答え─それは、己についての話である。
というわけで、俺も自分自身について話すことにする。」
ドストエフスキー 安岡治子訳「地下室の手記」〔光文社古典新訳文庫 2007年〕15頁)


江藤 賢一郎(仮名)と申します、はじめまして。
20代後半の男性です。
昨年、某国家試験を通過し、現在、某国家機関で1年間の修習中です。
金銭的に余裕がある訳ではないですが、それでも穏やかな日常を送っています。
ちなみに、ブログ初心者です。

性格は意地っ張りで、見栄っ張りで、優柔不断で、そんでもって人見知りの困ったちゃんです。
しかし恐ろしいことに、周りの方からは、素直で、温厚で、ノリが良いなどとよく言われます。
外面が良いのか、灯台もと暗しなのか、果たして…
ただ、少なくともこのブログでは、ありのままの自分をさらけ出したいと思っています。

さて、このブログで何を書くか、どんなスタンスで書くか、といったことは全くもって未定です。
ただ、自分の考えを言語化する作業を通じて、表現力らしきものを養うことに繋がればなあと思っています。

こんなしょーもないブログですが、お付き合い頂けると嬉しいです。

江藤 賢一郎