江藤 賢一郎のブログ

日々の生活で思ったことなど

チョモ先生

俺の高校時代の恩師のあだ名である。

チョモ先生(以下「先生」)は、俺が高校1年の頃にクラス担任だった。
「どーせ頑張るなら1番高い所を目指せ」
「山に登るなら、富士山ではなくエベレストを目指せ」
が口癖だった。
そこから、エベレスト=チョモランマ、でもチョモランマというのはちょっと長いぞ、ということになり「チョモ」と呼ばれるようになった。
さすがに先生本人に向かって呼ぶことはなかったが、先生も満更でない様子だった。

ちなみに、俺の高校は私立校で、生徒数も多かった。
そんな中でも、俺のクラスは学力的に最下辺で(偏差値40程度)、周りはスポーツ推薦やら単願やらで何とか入ったという人が多かった。
生徒や教諭の中には、あからさまにヒエラルキーが下であるようなことを言う者もいた。
そんなクラスではあったが、先生は
「部活も勉強も他のクラスのやつらに負けるな!」
「身体も学力も磨けば磨くほど伸びる!」
といったことを絶えず話していた。

先生は小言が多かったが、生徒に何か良いところがあれば積極的に褒め称えることも多かった。
また、自分のクラスの生徒がタバコを吸って退学させられそうになったときは必死にかばったり、理不尽・不合理なことがあれば他の先生にくってかかっていくこともあった。
当然、そんな先生はクラスの皆から好かれていた。

ところで、先生は俺にも目を掛けてくれた。
「お前に、もしやる気があるのなら、上のクラスに入れてやるぞ」
高校1年の冬休みの面談の際にそう言われた。
今まで、部活でも勉強でも、両親を含め他人から目を掛けられたことは全く無かったので、驚いた。
先生は、そのまま最下辺のクラスを担当するため、クラスを上がるとなれば俺は先生の下を離れることになる。
そのことは残念ではあったが、先生の期待に応えたいという思いと、「いっちょ俺も山登ってみるか!」という謎の冒険心から、上のクラスに入れてもらうことにした。

今思えば、あそこが俺の人生の転機だったのかもしれない。

先生は日本史担当で、俺は世界史選択だったので、先生から直接指導を受ける機会は殆どなかった。
それでも、先生から影響を受けたことは多かった。
クラスが変わってからも、先生は俺のことを気に掛けてくれた。

高校卒業後も年に1度くらいは連絡を入れていた。
さすがに大学院に入った後はなかなか連絡が取れなかったが、俺が法律の勉強をしていたことは知っていたようだ。
昨年の9月、試験合格の報告も兼ねて3年ぶり位に先生に連絡をしたときは、もの凄く喜んでくれた。
「天下の司法試験に受かったか!」
とか言っていた(なんだか話してるこっちが恥ずかしかった)。
念のため、うちの高校に法曹会があるか聞いてみた(高校によってはあるらしく、就職とかサポートしてくれるらしい)が、残念ながら合格者は過去に1人か2人しかいないとのことだった。
その後、先生にお酒をご馳走になった。

山登りは大変だが、そのなかで学ぶことは多いし、ときに楽しくもある。
そんな山登りのきっかけを与えてくれた先生には、今でも本当に感謝している。